Nogo Trap / ノゴ・トラップ

ジャスティンさん(左)は事故のあと首から下がまひしています。現在彼はヤン・シュワブ博士(右)が率いる臨床試験に参加しています。

ジャスティン(左)は事故のあと、首から下がまひしています。現在彼はヤン・シュワブ博士(右)が率いる臨床試験に参加しています。

米国の研究者たちが革新的な薬をテストしています。この薬は脊髄損傷を抱える人たちの神経を再生し、身体機能を回復させるのに役立つことが期待されています。


ジャスティンさんはオハイオ州立大学のウェクナー医療センターの治療室で横になっています。壁は真っ白で、室内は医療機器に囲まれており、誰もが覚えている消毒剤の匂いに満たされています。ジャスティンさんは目を閉じており、彼の細い脚はベッドカバーから突き出ています。彼の隣に立っている理学療法士が安全ピンを使ってジャスティンさんがどの部位で刺激を感じ取れているのかをテストしています。

理学療法士がメモを取る間、若い米国人のジャスティンさんは私たちに自分の話をしてくれました。「2017年に裏庭で事故に遭いました」とジャスティンさんは切り出します。そして、彼にとってはよくあることでしたが、トランポリンを楽しんでいるときに回転をミスしてしまいました。それは深刻なものには見えませんでした。しかし、大学生だった彼は不運な落ち方をしてしまい、頸椎を骨折してしまいました。そして脊髄を損傷し、まひ状態になってしまったのです。歩けず、身体をほとんど感じられず、手の動きも制限されてしまいました。ですが、彼にとって最大の問題は、脊髄損傷が彼の生活のすべてを決めてしまうことでした。「その場で決めて動くことができなくなりました」と彼は続けます。「多くのことを前もって決めておく必要があります。怪我をする前は、どこかに行く必要があれば、ただ起きて、ベッドから出て、何かを食べて向かうだけでした」

インターセプター分子が神経成長を促進

ジャスティンさんは臨床試験に参加するためにウェクナー医療センターを訪れています。臨床試験には、1年以上まひ状態が続いている彼のような脊髄損傷を長期に渡り抱えている患者を助けるために開発された医薬のテストも含まれています。この医薬は損傷した神経線維を再生し、患者の重要な身体機能を復活させることが期待されています。ですが、そのようなことは可能なのでしょうか?

患者が何か感じているかどうかを確認するために、安全ピン、綿棒、タッチペンが使われています。

「まず」研究をスタートさせたスティーブン・ストリットマター氏が話を始めます。イェール大学の教授である彼は、損傷した神経の再生を促進する方法を見つけ出す努力を過去数十年間重ねてきました。「神経を損傷してしまうと神経細胞間の線維が遮断されますが、その多くは生きています。ですので、それらを再接合して神経ネットワークを再構築する必要があります」と彼は話を続けますが、自然に再接合することはありません。損傷した神経は再生しようとしますが、複数のタンパク質がそれを阻むのです。「私たちは3つの主要プロテインの受容体を発見し、"Nogo Trap / ノゴ・トラップ" と呼ばれるインターセプター分子を開発しました」とストリットマター氏は説明します。この "Nogo Trap" は神経線維の受容体がタンパク質によって検出されるのを防ぎます。結果、神経線維が再生し、新たに接合されるのです。

"Nogo Trap" は髄液に注入されます。

髄液への注入

このアプローチはすでに実験レベルで大きな成功を収めています。ストリットマター氏が "Nogo Trap" をまひ状態のラットの髄液に注入すると、その3分の1が身体機能を完全に取り戻しました。このような前臨床試験の成功を受けて、ストリットマター氏の主導により、"Nogo Trap" は2019年から脊髄損傷を抱える人たちを対象にした臨床試験へ移行しています。その目的は、医薬が人体にも安全で効果があるかどうかを確認することにあります。ウェクナー医療センターはこの研究に参加している6つの医療機関のひとつで、ここではヤン・シュワブ博士が研究を主導しています。彼はジャスティンさんや他の参加者たちを数ヶ月前からモニタリングしており、その進行方法について次のように説明しています。「患者の皆さんには数回注入しています。腰椎を経由して直接髄液に注入しています。こうすることで損傷部位を直接狙い、脊髄全体に影響を与えることができます」

運動能力テストで患者が錠に差した鍵を回せるかどうかを確認します。

その後、複数のテストで患者の運動機能と感覚に進捗があるかどうかを確認していきます。ジャスティンさんが朝9時から夕方4時まで医療センターで過ごしているのはこれが理由です。安全ピンと綿棒で彼の感覚能力が向上しているかどうかを判断します。そして腕力や日常生活、細かい運動能力のテストが行われます。握力が増したかどうか、錠に差された鍵を回せるかどうか、ひとりでグラスに水を注げるかどうかなどが確認され、その詳細が記録されます。このような記録により、研究者たちはのちに新たに神経が接合されたかどうかについて結論を導き出すことができます。

スティーブン・ストリットマター教授(左)が臨床試験を考案し、ヤン・シュワブ博士(右)がオハイオで臨床試験を進めています。

髄液とは?

髄液(または脳脊髄液)は脊髄を取り囲んでおり、脊髄を衝撃から守る役目を担っています。

大きな期待

「関与する全員への要求が非常に多い複雑なテストです」とストリットマター氏は説明し、「ですが、成功すれば完全に新しい種類の医薬への扉が開かれることになります」と続けます。シュワブ博士も大きな期待を寄せています。「この研究は非常にユニークです。期待通りの成功を収めれば、大きなマイルストーンになるでしょう」

2人の神経学者は今もこの研究が成功に終わるかどうか分からないとしています。最初の結果は、医薬が安全で忍容性も高いことを示しています。また、この研究が盲検方式で行われていることも覚えておくべきでしょう。つまり、一部の患者が "Nogo Trap" を注入される一方、他の患者にはプラセボ(偽薬)が与えられるだけなのです。これが、研究者たちが科学的関連性の高いデータを集める唯一の方法なのです。ジャスティンさんも自分の背中に何が注入されているのか分かっていません。ですが、彼のモチベーションが下がることはありません。彼は脊髄損傷の研究から得られる知見が非常に重要であることを理解しています。「私が研究に参加しているのは世の中の助けになりたいからです」と彼は説明し、「研究に参加することで希望が得られますしね」と続けています。それは研究が進み、いつの日か治療法が見つかるという希望です。では、その日が来たら彼は最初に何をしたいのでしょうか? 「また歩けるようになったら、どこかに踊りに行きたいですね。ガールフレンドと踊りたいです。これが私が最初にやることだと思います」

Wings for Life財団のサポート

Wings for Life財団はストリットマター氏の研究プロジェクトを初期段階から資金援助し、臨床試験フェーズまで進めました。財団はこの研究に700万米国ドルの資金を提供しています。これは財団史上最多の援助額です。

研究の現状

この研究では、使用されている医薬の安全性と耐性がテストされました。最初のデータは、深刻な副作用が見られなかったというポジティブな結果を示しました。現在、すべてのデータが評価および相互比較されている状況で、最終結果はまだ出ていません。

研究への参加でジャスティンさんは希望を得ています。

画像クレジット: Michale Millay